The Doorway to the Body (日本語)

僕の人生で起こった最高のことは僕の身体のドアを通り抜けてやってきた。

感覚や直感、そして喜びを通して。

僕の思考やマインド(判断する心)は僕をサポートすることができる、世界を分析することもできるし、

僕を論理的に導くこともできる。しかし、僕の思考を持って僕を導くということは、通常、他人が重要だと思っていることに対して問題を解決するということを意味している。

しかしながら、僕の身体の扉を通り抜けてやってきたメッセージは、僕を悪い方向へは導かない。

例えば、僕は数週間前の夜、ワツ(水中でのボディワーク)を受けた。それはダンスのような、流れるような、美しいセッションが温かなプールの中で行われた。僕はリラックスし、ワツのプラクティショナー(施術者)は僕を水の中へといざなった。セッションが続くにつれて、僕がまるで宇宙に浮いているように感じるまで、彼女は僕を前へ、後ろへ、早く、ゆっくりと動かし、水が僕の皮膚をすべるように流れ、ひんやりとした夜が僕の周りを取り囲んだ。僕のマインドは消え、健康である感覚が僕の身体を満たした。

そして僕は『M』がワツを受けているのを見ていた。彼女の身体はワツプールの白く照らされた明かりの下で美しいパターンを作っていた。彼女が緩やかな流れの中でリラックスしながら、漂い、輪の中へと流れているとき、そのパターンは、まるで彼女の後ろにたなびく星のようだった。

このような瞬間、僕は恐れることも、心配することもなく、ただ平和で、そして繋がるという感覚、正しい行動の感覚を感じることができる。

いいことは身体の扉を通り抜けてやってくる。それだからこそ、僕たちは本当にそれに抵抗し、そしてマインドの中に住むように試みるのだろうか。なぜ僕たちはその扉を恐れるのだろう?

それは悪いことも身体の扉を通り抜けるからだと僕は思う。

依存、怒り、憤慨、嫉妬、悲しみ、苦悩。これらすべてのことは僕たちの身体を通して立ち上がり、そして理解するのがとても困難になる。

だから僕たちの何人かは物事が順調に整然と進むマインドへと逃げ込む。

しかし、僕たちのマインドはそれ自身にある種の苦悩がある。マインドの中に住むということは、深い喜びと僕たちの周りにある万物への繋がりを欠いた人生を送るということだ。

それでは僕たちはどのように身体からのいいものを受けとることができるのだろうか。何がその扉を通して僕たちに道を指し示すのだろう。

それはスピリット(精神)だと僕は思う。

スピリットは身体からのメッセージを『ふるいにかける』ことができる。怒りや、依存、そして苦しみを解放させる間に、愛や平和や繋がりを流れ込ませることができる。

もし僕たちがスピリットを抱くことなく、身体への扉にオープンであれば、僕たちは何が通り抜けるということに対し恐れを持つはずだ。喜びや繋がりと同様に、依存や苦悩が通り抜けるだろう。

しかし、もし僕たちが僕たちのスピリットを抱き、少しずつ喜んで迎えるという態度でその扉を開き、僕たちがいつも何を求めているのかということを思い出すことができたなら、そのときは愛と繋がりと、正しい行動が僕たちの人生にやってくることだろう。


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