Deliberate Practice (日本語)

Talent is Overratedあなたはモーツアルトのように音楽を演奏してみたいだろうか?

ほとんどの人は不可能と言うだろう。あのモーツアルトは神様からもらった天性の才能だと。彼はわずか3歳でピアノを弾き、たった8歳で作曲をしたのだ!

彼は生まれた瞬間から天賦の才能をもっているに違いないと思われる。

彼が8歳の時に作曲をしたのは真実だ。しかし実は、それはあまりよくなかった。(それらは作曲家であり、音楽の先生である彼の父親によって書き写されたものだった。)彼は初めての傑作を書いたのは彼が21歳のときだった。つまりおよそ20年以上もの間有名な音楽家である彼の父親の指導の元、毎日何十時間も練習した後であった。

それはただのどんな種類の練習とも違っていた。それはある種不快な練習、彼にとって常に挑戦するような練習だった。それは「Deliberate practice (よく考えられた特別な練習)」と呼ばれることもできるものだった。

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僕は『Talent is Overrated』 という本を読んでいる。本は世界クラスの才能について研究されている・・・有名な音楽家、作曲家、スポーツの英雄、オリンピック選手、チェスの王者・・・彼らの中でも世界で最も優れた人々を研究している。

ほとんどの人は、これらの世界クラスの選手たちは彼らの成功を説明付けるために天性の才能を持ち、まるで生まれながらに偉大であることを選ばれている、と信じる傾向にある。

しかし、この本では多くの研究が引用され、これはそのケースではないと証明している。人を世界レベルに持っていくのは、生まれながらの才能ではなく、何年にも渡る大変な練習である。(良い先生とともに、このことに対する情熱を持って、何時間も、そして何年もの歳月に渡る大変な練習である。)それはただの大変な練習というだけでなく、とても特殊な種類の、Deliberate practiceと呼ばれる大変な練習なのである。

Deliberate practiceというのは、集中力を持って、あなたが改善したくて、ある意味すぐにフィードバックが与えられるような、特定の要素を持った技術を一生懸命練習するものである。大抵はその要素というのは、あなたよりもあなたが何について学ぶ必要があるかを見極めることができるコーチや先生によって選ばれる。

このような種類の練習は大変でそして快適なものではないように思われる。そしてこれらの何年にも渡る挑戦と向き合う人々の話を読み進めると、感激させられる。それはタイガー・ウッズがマスターズ(ゴルフの大会)のグリーンはとても平坦で、速いため、何時間もの間、バスケットボールのコート(!)でパットの練習をすることであったり、バイオリン奏者がもっとも難しいひとつの節をマスターするために練習することであったりする。

ある話は、2006年オリンピックのフィギアスケート、ゴールドメダリストの荒川静香さんについてであった。この本の著者によると、上手いスケート選手というのは彼らができる技術を練習すると言う。ワールドクラスのスケート選手というのは、彼らができない技術を何度も、何度も、何度も練習する。著者は荒川さんが最終的に彼女にゴールドメダルをもたらしたもっとも難しいジャンプやイナバウアーなどを苦悩しながらマスターする際に、20,000回は練習の間に固い氷の上に何度も何度も打ちつけられ、転んだであろうと見積もっている。

言い換えると、いったん何かがすらすらとスムーズにできると、それを続けて練習するのはとても楽しく、価値のあるものであるが、このような種類の練習は、あなたの身体と脳を新たなレベルの達成へと押しやるDeliberate practiceではない。そしてDeliberate practiceはワールドクラスの才能を作り出すものである。

Deliberate practiceの素晴らしいところは、何かについて『天性』がない人々でさえも、もし彼らが基本的な身体を持ち、何時間もの間学ぶ情熱があれば、彼らが選んだ分野の中でとても上手くなれるということだ。

そしてもしあなたがワールドクラスになりたくなくても、Deliberate practiceはほとんどどんな技術においてもよりよくすることができるということだ。

たとえばボディワークのようなものでも?

僕は僕らの技術を向上させるためにボディワークの中でもDeliberate practiceが使えるのだろうかと思った。

僕は試してみることにした。練習する友人を得て、マッサージ全体を練習したり、ある特定の動きを練習するのではなく、あるひとつの要素、たくさんの思考を持たずに(頭の中であれやこれやと考えずに)するということに集中した。

僕は導入部分を選んだ。僕たちがクライアントに触れるときのひとつひとつのストロークの最初の瞬間。これはとても大切な部分だ。僕は通常初めてコンタクトを取るその瞬間よりも、よりストロークのほうに集中しているのだが・・。

90分のセッションの中で、僕はとても慎重にひとつひとつのストロークに入っていくことを決めた。僕は僕の指が優雅な生き物のようにクライアントの肌に静かな海へと滑り出していくように触れることを想像した。

たとえこれをしているときでも、始め僕のマインド(思考)はさまよい、そして約40%の時間、この瞬間に集中するということを忘れてしまった。

しかし、集中し続けるにつれて、僕の集中力は上がり、僕はストロークの始めの瞬間をより深く、本当に感じることができた。僕はこれをするたびに、友人にフィードバックを求めた。

セッションが終わりに向かい、僕は何種類かのストロークを前腕に沿って始めた。そして一回、一回、僕は親指やその他の指が彼女の前腕に触れ、次から次へと、それぞれのストロークがその前のストロークよりもより深い部分へと繋がり、より深く沈みこんでいくのを感じた彼女からのフィードバックは素晴らしかった。

僕はもっと僕が練習できる要素について考え始めた・・・ロッキング(揺らし)、ストロークの終わり方、身体の特別な部分への深いアプローチ、姿勢。ただ単に動きを練習するのではなく、動き自身にある、ひとつの大切な要素に集中すること。少しの時間でも技術を向上させることができると思う。

しかし、この本のストーリーの中でDeliberate practiceについて他の魅惑的なところは、読者に大きな可能性をもたらしてくれることだ。素晴らしい業績はギフトとして(才能を)もって生まれた人々だけでなく、あなたが本当に何か(芸術、チェス、執筆、ボディワーク、音楽など)を愛し、あなたの技術を広げるために何時間も、何時間も喜んで費やすことで、あなたはそれについてとても上手くなれるということである。

もし僕たちが情熱を持ったならば、僕たちは憧れる天才たちのようになることへとより近づくことができるのである。


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